ライト50年記念事業

11月29日の御礼

11月29日のシンポジウムおよびタリアセン・イブニングは大勢の方々にご参加いただき、大盛況のうちに無事終了いたしました。
私共が至らぬところも多々ありましたことをお詫びするとともに、ご出席いただいた皆様に深く感謝いたします。
本当にありがとうございました。

ライト50シンポジウム in 関西

12月6日は300名近い皆様においでいただきまして、誠にありがとうございました。
この関西でのシンポジウムをもちまして、ライト50年記念事業のすべてのイベントが終了いたしました。
ご参加いただいた方々、またご協力いただいた企業の方々、全ての皆様に対してまして、委員一同深く御礼申し上げます。
予想以上の大きな反響を受けまして、ライトの建築と思想を皆様にお伝えしてゆくことの重要さへの認識を新たにいたしました。
今後とも私共の活動を暖かくお見守りいただければ幸いです。
本当に皆様ありがとうございました。
4.ブロードエーカーシティー模型の制作(1934秋~1935年)

 1934年秋 模型用の家などの小さな模型が作られていた。Falling Waterの施主となるEdgar KaufmanSr.がタリアセンを訪れ、Mr.Wrightは都市の分散化の模型のアイデアについて彼と議論して、Kaufmanは資金の提供を申し出た。このことによってフェロシップのアリゾナ行きが可能になった。
 1934~1935の冬は厳しかった。1935年1月 フェロシップ25人はアリゾナのChandlerに行き、Mr.Wrightの依頼に応じDr.Chandlerが提供してくれたHacienda(元ポロの馬小屋を改良した果樹園の労働者用の宿舎だった。)の内庭でBroadacreCityの模型が製作された。
タリアセンヒルサイドスタジオの建設
タリアセンでの農作業 1936
タリアセンウェストの建設 1937~










ブロードエーカーシティー模型の公開(1935年)
 New York Rockefeller Center のNational Alliance of Arts and Industry Expositionで初めて公開される。1935春
Pittsburg のKaufmann Department Storeで展示。
Washington D.C.の Corcoran Galleryで 政府、上院議員、米国、欧州の技術者、計画家などの招待者にのみ公開された。
 展示巡回は米国内で1939年まで続き、約7万~8万の人々が見た。 後に、模型はヨーロッパ( イタリア、スイス、フランス、ドイツ、オランダ)とロスアンゼルスを1950年から1954年にかけて巡回した。ウィスコンシンのタリアセンに模型が帰るにあたって、ライトは模型をヒルサイドスタジオに設置して展示し、1959年の死に至るまで改良と変更を加え続けた。






出典
TALES OF TALIESIN by Corneria Brierly